てくてく

たのしいになりたい

6/6

無意識で「5」と打ってしまった。まだ5月の気分でいるな、とハッとする。気温的にはもう夏でいい。

 

起きたら昼前だった。長い睡眠は休日の特権としているが、今日は予定がある。パンを食べてパックジュースを飲んでいそいそと化粧。ファンデーションを取ったところで、マスクの存在に気付いてやめた。目元に色だけ塗って出る。

途中、許可証を忘れたのに気づいて大慌てで帰った。無駄に歩くには億劫な蒸し暑さ。自分の準備不足に嫌気が差す。前もこんな感じで、公演のチケットを忘れたりしたのだ。あの時はどうにかなったけれど、大学は許してくれなさそう。

最寄りも車内も駅前も以前と同じように人々がいて、不安になる。勉学にとっても趣味にとってもコロナは脅威だ。また秋冬に盛り返したらたまらない。サイゼリヤの行列を「散!」で吹き飛ばしたい!と思いつつ、背景にあるであろうそれぞれの思惑をぼんやり想像した。暑い。
えっちらおっちら歩き、プリントした許可証を出して無事入構。打って変わって大学は異様な静けさだった。外で人に出会すのが苦手だから、知り合いがほぼ100%いない場所を歩けるのは良い。木々が異様にのびのびとしている。
研究室に同期がいて嬉しくなる。クーラーがあるといえど暑く、お互いマスクを顎の下にずらして、立ち話をした。帰り際、トイレで自分の顔を見、その異様な赤さに驚いた。昔から運動すると顔が赤くなるたちだが、通学程度でこんなになるとは。まぶたに塗ったピンクがほぼ同化している。夏場に学校に行けなくて、良かったかもしれない。

立川も異常に人。サイゼリヤは盛況。絵の具を買ってすっと去る。原田マハ『異邦人』の読後がよくなく、モヤモヤとした。

お腹が減っている!パン2つとジュースで4時間も動いていたのか。それは普通か?我が家では6つ入りのパンを一度に2つ食べるが、一度に1つの人からすると食べ過ぎか。どっちが多いんだろう。3つの人もいるかもしれない。
最近母がよく買う袋入りのピザ半切れと、ビールを飲む。疲れてるから許す。疲れている自分に甘い!

足の裏がずるずるで痛い。歩き方が変なのかもしれない。この前は足首が痛すぎて眠れず、湿布を貼って寝た。運動不足人とスポーツ選手は同じようなことをするのだ。夏用にReebokのサンダルでも買おうか。そんなに出歩けないだろうけど。

あつ森、住民の性格が被っていると、どうしてもプログラムを感じてしまう。うちはキザが二人いて、今日は二人とも自分語りをしたがった。見た目・名前・口癖・音程が違って、話す内容がまるきり一緒、で、別人。不思議。でも人間もそんな感じかもしれない。

神田伯山の講談がやっていて、聞いた。前説で「混乱するだろうけどそういうギャグだと思ってください」というようなことを言っていて、確かによくわからんけど面白かった。落語を聞くとその辺の知識の甘さが気になるが、よくわからんまま面白く聞き終えてしまうので、なんだかんだ補強ができていない。どうなんだ。楽しいからいいのかしら。松之丞の時から気になっていたがタイミングが合わず、知らぬ間に名前が変わっていた。現場が復活したら絶対行こう。

明日はシーツを洗いたいから早く起きろと言われる。

3時まで寝付けなかった。

サイトを出すのに「hatenaburogu」と打つの、だいぶアホっぽい。

 

朝からめちゃくちゃな気持ちで起きる。6月に入ってから、6月に入ってしまった、と思って落ち込むことが多い。だんだん時間通り起きれなくなってきた。もう毎年そんな感じなので、頑張りを控えてのんびり構えた方がいいと分かっているのだが、どうもうまくいかず毎日焦ってしまう。マルチタスク下手人にオンライン課題過多は厳しい。バイトや生活を両立している人、すごい、尊敬だ 

抜ける手は抜いて、それでも授業に出るだけでつらくなってしまう弱さ!ビールを飲んでシュークリームを食べて、嫌いな授業のレポートを3行書いて出した。また落単したら笑っちゃう、のどごし0はマスカットの味がするってずっと覚えられない。理科に至っては指導案を書きたくないから授業も開けないでいる。全部諦めたい

人に焦りや苛立ちをぶつけないよう黙ってこらえて、結果として泣きながら飯を食ったり家を飛び出したりしてしまうのは本末転倒だ。知ってるでしょ!アンガーマネジメントなんだかセルフコントロールなんだか、やってみるけど全然怒っちゃうしコントロールできないし自分の機嫌の取り方もわからない。何を信じて何を読んでどうすればいいのか、頭がぐるぐるしてつむ!みんな否定してくるだけでどう変わってほしいのかどうしたら変われるのかなんて何も言わない、そりゃ当たり前なんだけど、結局ずっと死にたい 

ジョニーウォーカーブラックラベルが思い出せずジャックダニエルを買ってしまったことに今更気付く。あの時はガオガエンで頭がいっぱいだった。もうしばらく会わない先輩、もう会えないかもしれない人々、私は会いたいけれど会えない理由も私が作ってしまったし、twitterを開くたびに怖い

今日も後悔してもどうしようもない傷をまじまじと眺めている

 

 

5/16

眼鏡が来た。ブルーライトカットのやつ。月曜日に注文した時は『18日〜20日にお届け』とあったのに、もうきた。しかもこんな雨の日に!製造・仕分け・運送・などの方々に頭を下げる思いが湧く。
最初、JINSのアカウントを持っているから、JINSで頼もうと思っていた。だが『6月中ごろのお届け』と言われ、それじゃ遅すぎるなと、Zoffにお願いしたのだった。お願いしたのだが、誰かにとって不要不急、もしくは必要だけれどリスクを伴う外出・仕事・等々をさせてしまった罪悪感が胸の底でギャンと生まれてまだいる。そういうことを考えても、どうしようもないのだけれど。眼鏡は届いて、わたしの目を守ってくれて、久しぶりにパソコンに向かうストレスが減った。ありがとうございます、本当に助かっています。

届け物はあともう2つ、推しのアクリルスタンドと、公演の払い戻しの紙が来て、情緒が上がったり下がったりする。パソコンの横にアクスタを立てた。払い戻しは、別の公演のぶんと合わせて、もう少し後に行こう。もう少し後、が本当にもう少しで来てくれることを祈る。

 

深夜から闘っていた、誕生日ガチャに惨敗する。二次元空間だけにいるキャラクターの存在は時々すごく必要で、ゲームをやり込んだり課金をしたりもするけれど、ガチャだけは好きになれない。あの底無しの感じが嫌だ。お金以外の努力の余地なしに、自分の知らない姿が増えるのも嫌だ。まあそんなことを言ってもどうしようもないので、気晴らしにクッキーを焼いた。焼き立てを永遠に食べ続けちゃうの、あれどうしたら止められますか?

 

Kindle unlimitedで能町みね子の『お家賃ですが』を読んだ。能町さん(どう呼んだら?)の眼差しの柔らかさが心地よかった。
最近読んだ村上龍のエッセイは、1章目の10行くらいまで耐えたけど限界で、自分の「村上龍を読む覚悟」の甘さをひしひしと感じながら消した。『ストップ‼︎ひばりくん』もどうにも辛く一巻でやめてしまったので、やっと安心して読み切れたのが嬉しい。ひばりくん絵はとても最高なんだけどな……

 

ふと今日が日曜日なのではと思い、焦った。母に確認までしてしまった。どうも休日が早々終わることを、相当恐れているらしい。小学生以来の感覚だたぶん。
オンラインやっぱ無理なんじゃないか。性質はオンライン向きだと思うんだけどな〜眼鏡もアクスタも来たから、もう少し頑張ってみようね

 

 

これは母と共用のiPadから打っているんですが、どうも母が「め」の文字を打つとメアドが出てくるよう予測変換に登録したらしく、超ヒヤヒヤした。怖いので消してしまった、明日謝らなくては……。やっぱり一人一台欲しいよねえ

友人のツイートで存在を知った。起きてすぐ、と言っても12時くらいだけど

思っていたより、なのか、想像通り、なのか、生々しい彼がいて、戸惑いつつ冷静に見ていた。生々しいが、動画とかSNSとか、熱中できることや楽しめることがあるように見え、動画とかSNSとかによって、彼の出せなかったつらさを出せているように見えて、時々それは自傷のようだけれど、それで彼がこれ以上つらくならないなら、よかったな、と、思った。

そういえばあれから一切名前で検索をかけたことがなかった。かけないようにしていた。辞めジュという名の地獄は散々見てきたし、これ以上好きなもので辛くなりたくないし。とにかくもう私の知らない見えないところで元気に幸せに、何かしらの喜びを覚えながら生きていてくれればいいと思っていた。エゴだ。
でも見つけてしまえばそれで、TikTokは入れるし、通知もつけてしまう。彼の喜びを免罪符にチャンネル登録もする。結局どこまでも彼を消費しようとする。そうやって会えなかったものとかこととか思い出して勝手に感傷に浸る。クソだな、と自覚しながら、3号は食べ過ぎじゃないか、とかそれだけ食べてまだ痩せているのか、とか鶏肉の入っていない親子丼とは、とか、思って、黄色を見て一喜一憂して、この先を案じたりして、あ〜あ

勢いに任せてFake Motionも見た。あと3日で無料期間の切れるdtvがこんな間際で役に立つ。ぜんぜん面白い。たまに映るたびに、どうしてKing of pingpongでいかなかったのか、映画をやるんじゃないか、試写会で復帰が告げられたら死ぬ、とかいう話を思い出してつらくなったが、トンチキ設定、急な花江夏樹、かわいい色使い、謎にいいテンポと曲、皆さんの顔面のおかげで笑いながら見られる。エビダンはマツ育が義務なのか?Fake Motion、オススメです。でもさあ5話さあ大久保さあユーーーじゃん 狙ってんのか 適役すぎるよ なんなの やっぱりずっと見たかったとか思っちゃうじゃん あ〜あ 耐えられんよこんなの あ〜あ

好きでいたのはアイドルっていう幻で、本体はその隙間から漏れ出てくるようなものだった。いま見ているのも幻ではあるけど、ものすごく本体に近くて、それを追うのはちょっと、抵抗がある。罪悪感と言ってもいい。オタクに許されるのは、あのキラキラに包まれたやつを画面とか双眼鏡越しに愛することだけじゃないのか。それ以上はだって、犯罪だろ。正しい形でいま愛する方法がわからない いいねとかフォロワーとか登録者数とか、数を頼りに罪じゃないと言い張っている 生身の人間ってどうやって扱うんだっけ

この先がどうなるのか、正直世界だって終わっちゃうんじゃないか、みたいな現状だから、ずっとyoutuberするのかとかわっかんないけど つらくならない範囲で、追い込まれない範囲で、楽しい範囲で、続けてくれたら、それで幸せなら私もそう

できることならずっと利害関係していたかった、

3月まで、もう使わないであろうものを実家に運んでもらった お気に入りだった水色のキプリングから、iPhoneにイヤホンを接続するアレが出てきた アレを失くして、純正イヤホンも失くして、困っていたので嬉しい 面倒くさがりの注意欠陥にワイヤレスイヤホンだけでは心許ないのだ

TOKIOが乗ってるようなでかいバンが来た ミニバンが出払っていたらしい 母がこれを運転してきたとは想像できず、乗っている最中も不思議な気持ちでいた だって母はTOKIOっぽくない それに車といえばわたしの父で、その父を毛嫌いして離婚して「あなたの父」とまで言ってくる母が、父が乗りそうなでかい車に乗っているのは、なんだか申し訳なさすら覚える違和感がある 父は日本のでかいバンなんかダサいと言い捨てそうだが

道中(ドライブだ!)、学校の話と、教育の話と、将来の話と、などをした 大概いつも通りである 学校の話と将来の話などはもう数年変わらない話題で、大体わたしがだらだらとネガティブを垂れ流し、母が母の経験やポジティブなことを言う 教育の話はここ2年くらい、わたしが母と似たような道を選んでからぽつぽつ話題に上がる いつだって精神の底辺を這って決断できない娘の話なんか楽しいのだろうか、と思いつつ、父よりもちゃんと聞いてくれるところはさすが教育関係の人間で、そして「母親」であるな、と感心や尊敬をする 母はすごいのだ すごいからこそ下降思考と停止ばかりの自分が情けなく、申し訳なく、思う

なぜか家に血圧計があり、母ももう歳なのだとまた気づく そういう場面が何回かある しっかりしなければいけないのだもう子供じゃない 低血圧で徐脈ぎみだった 

戻って来たわたしの荷物を入れるために、残していたわたしの荷物を捨てる 未練と愛着の塊なのでどうしても断捨離が苦手で、少しずつ少しずつ捨てながら隙間にあたらしいものを詰め込んでいる 薄らした執着をちゃんと断ち切れるのはいまをちゃんと愛せているからだと言い聞かせて聖書にしていた10000字を捨てた 今愛せているかわからない、絵を描くことについては、昔のスケッチブックをみて安心したりする 90ℓぶんくらい、ゴミとした L表記はずっと慣れない、こっちの方が長いはずなのに

相棒をAmazon primeで見ている 友人と年始に相棒の夢女としてやっていこうと固く誓ったので、鑑賞にも身が入る もとが懐古厨なのでどうしても米沢さんや三浦さんのいない警視庁に慣れないが、しょうがない  右京さんが自殺を止める回と、人が死んだ家が事故物件になっている回と、青木が美人局に引っかかる回などを見た

帰るのが嫌で、どうせ帰ってくるんだけど、3時間目を切ってしまった イヤホンに繋ぐアレを繋ぐイヤホンを取ってこれず、WALKMANのに繋いでみたら右耳が聞こえない そういえば前もそうだったし、繋ぐアレはあまり信用できないのだった 左耳だけで音楽をきいて、文字を書いてたら乗り過ごして、4限にも遅刻しそうだ トランクが転がって隣の人にぶつかりそうになる

生きてるのがずっとつらい でも苦しんで死にたくない 寝ている間に心臓が止まることを願っている でも最近寝付けないので、死にたくないのかもしれない できるだけ母を悲しませたり苦しませたりしたくない、母がそうなるだろうと思えること自体が幸せで恵まれているのは知っているがそれがしんどいときもある わがままなのは知っている 病気の範囲を拡張するのをいい加減やめて、わがままに立ち向かわなければ一生ばかでごみだ、知っていて各停に乗ってしまうから 4限も休む

・文化祭と新学期とその他もろもろのストレスで死にかけて、早めに手を打たなきゃ、とカウンセリングの予約を入れたのがちょっと前

・それで今日片づけをいったん抜けて、保健室へカウンセリングに行った。うつ症状を認められて薬をもらった。一日二回、一錠を半分に割って飲む。だから一日で一錠の薬を飲む。あとで調べたら結構軽めの薬だった。躁転対策という意味もあるだろうが、その程度で済むものに延々と苦しんでいたのか、と思うとなんだかおかしかった

・前回、相談室でカウンセリングをしたときはひたすら泣いたが、今回はもっと診断という雰囲気で、それでも時折変なところで涙が出てくる。先生があんまりこちらに気を使わない人で、突然図とか書いてるし、なんだなんだと不思議に思っていたがじきにこっちの方が気楽であることに気付いた。全然知らない他人どうし、情報量の差、立場があるときの距離感

・話を聞いてもらえる、という安心感があるとベラベラ喋ってしまう。それはそれはどうでもいいことまで。薬をもらいたかったのでそう診断されるようなエピソードばっかり喋ったかもしれない。先生が「ああ自律神経が弱いのかな」とか「否定形うつっぽいな」とかうわごとのように言って、それに肯定されている気分になる。ラベリングされる安心感なのか?なんだか健全ではない

・美術をやっていることを最初に言ったら、以後「芸術家だから」とか「芸術家だね」とか言われるようになった。これは結構嫌。芸術家にはなれないと見切ってこの道を選んだのに、結局学科で査定されるのか

・前撮りの時にしきりに「美大?」と聞かれるのも嫌で、教員を目指しています、その中の美術科にいます、とちゃんと言ったのに、「やっぱり美術系なんだね」なんて言われてムっとしたのを今思い出した

・ただ、気分の波をうまく乗り切れたらいい作品が作れるよ、という言葉は、嬉しかった。

・最後に、ADHDかなと思ってるんですよ、と何となく言ったら、あなたきっとADHDだよ、とあっさり肯定された。聞けば先生も発達障害で、いろいろ納得がいっちゃった。これが自分にも返ってくるならそれがラベリングの安心感なのか ADHDもうまく波乗りできれば楽しいよ、研究者とか芸術家とか向いてるよ、って言葉もやっぱりうれしかった。うつとか発達を疑い始めてから、はじめて、未来が若干明るくなった気がした

・去年の文化祭で刺繍と脚本と演出と出演をはじめてやって、一年経って、前二つは自分で納得のいくところまで持ってけるけど、後ろ二つはぜんぜん、手も足も出ないな!経験不足もあるけど、一番は外向性の限界なんだろうな、って朝だか昨日だかに気付いて、裏付けみたいなカウンセリングだった。じゃあこれからは、私ができることと、ある程度頑張れることと、無理なところをちゃんと切り分けるのが、当面の目標になる

・いろいろ考えるけど同じ所でうじうじ悩んじゃうのもADHDの特性らしい。知らんかった。ダメ人間なんだ、とばかり思っていたので、ちょっとだけ安心した

ADHDですって書いてるけど、前も言ったきがするけど、私はグレーゾーンで、診断にばらつきがでる、あんまりおりないかも、くらいのところにいる。気分障害も、障害までいかない症状のところである。病名はつかないけど、つらさとか苦しさは認められて、よかったな、と心から思っている。なんだかぼんやりした中途半端なところにいるのが私らしさなのかもな、と割り切れてきてもいる。今はゆっくり寝て元気なのでそう思えているだけかもしれないが、今日、こういう風に思えたということを忘れないように、忘れても思い出せるようにメモした

・全然関係ないけど、昨日大好きな友達の誕生日だった。夜遅くに誕生日会に途中参加したら、ホストと主役以外がベロベロで、BLのアニメを見て早くセックスしろだのもうヤってるだのロングロングちんぽだの騒いでいた。しぬほど笑った。最悪で大好きだなと思った

米を食べている

ドタバタしていたら5月が終わってしまった
すぐに忘れてしまうようなどうでもいい出来事や思考を放流し保存したくてこのブログをはじめたはずだが、その出来事や思考に押し潰されてひと月を終えてしまった

5月、特にGW開けからずっと戦いだった やりたいことがあって入った場所でやりたくないことをし続ける、という状況が二つ重なった 組織にいる自分と、個人として生きている自分が調和できず、ぐしゃぐしゃの紙屑みたいになって、なり続けて、少しのしわも伸びないまま6月に入った もう1日終わってしまったし


無力感に苛まれ自責の念に駆られ怒りと悲しさと虚しさが常に心にある 涙が止まらなくて眠れない夜と、止まらなくなって学校にいけない昼が交互に来る 同時にも来る 休みたくなかった授業を休み続けている 課金した任天堂オンラインはその日から一度も遊べていない 正月から本が山積みだ アマゾンプライムを開く体力がない 父から借りた映画に手を付けられない 音楽を聴くと涙が出るので、聞けない 体力も使わず泣かない方法が食事しか見つからない 後から泣くだけなのに

誰が悪いわけでもなくみんなそれぞれちょっとずつ無理で、その無理の重なったところを私が一手に引き受けてしまって自滅しているので、じゃあ私が一番悪いじゃん、と自分で自分の首を絞め続けている すべてがうまくいかない原因がすべて私にあるのではないかという気がしてくる いや、その気しかしていない 私の手の上から誰かが手を重ねてもっと喉を絞めてくる、偶然なのか故意的なのかは知らない 人が一人自分の意志で死ぬだけなのでどうでもいいだろう 

死にたいということでしか息ができない 死にたいと言うことでようやく息を吸う行為ができる ギリギリだな、と思う もうこういうのやめよう、と今年は決めていたはずなのに結局達成できなかった 変に責任感が強いのだ 馬鹿だと思う、もっと無責任に生きればいいと思う でもそれだけじゃ何も回らないことを知っている 愛着もある 執着かもしれない

色々な人に相談した 私の首を絞めてくるひとにも私の首が良く締まることを知っている人にも私の首から手をほどいてくれそうな人にも相談した 何もできなさそうな人には何も言わなかった 分からないというのは悪いことではない、むしろ当たり前のことだが、今は求めていない そこまで気を回せない お互いにとってストレスになるだけなら何も言わない方がいい 

ギリギリなので、母に泣きついた ら、投げ出してこいと言われた この人は本当に無責任で、無知で、大胆で、羨ましいな、と思った 投げ出せていたらこんなことになっていないのに それに私はこれ以上悪者になりたくない

ギリギリなので、相談室に行った カウンセリングは受けたくなかった、昔々不登校だった時期にお前はもう学校に行けるだろと笑われて以来私はずっと大丈夫だと思っていたし、だめの烙印を押されたらそれに逃げてしまうと思った もう笑われるのも嫌だった
結果的に笑われなかった 大丈夫の烙印もだめの烙印も押されなかった お前が全部悪いとは思うなと言われた 逃げ出したらそこで後悔するとも その通りだと思った その通りだと思いながら19年も生きてきてしまった私はどうすればいいんだ?とも、思った

ギリギリだったが最愛の女に会える予定が立ったのでまだ生きられると思ったらぽしゃりそうでまたギリギリになってしまった 結果として望んだ形ではないが会うことができて少し救われた 自作についての自虐をぼそぼそ言っていたら6年もお世話になった人に「それはカッコ悪い」と言われて、はっとした その通りだ

ギリギリなので一番信頼している先輩に甘えた 少し救われた 約束を断ってしまったがお前のために体は開けておく、と言われて、そういうことのためだけに生きていたいな、と思った 私はもう死んでしまいたい 

死んでしまいたい、そんな勇気はないけど

死んだら全部よくなる気がしてしまう逃げでしかないのに 逃げるな逃げるな 逃げるなっていいながらやれないことをやるって言い続けて死にかけているのに

10時間後にはバイトだ 寝たら闘わなくちゃいけないのでもう寝たくない